三月の行事  「上巳の節句

【上巳の節句(雛の節句)の食文化】

 

雛祭りに並ぶ料理には、女の子の健康と幸せを願う、縁起の良い意味が込められています。その意味や起源を知っていると、ご家庭での母娘の会話も弾みそうですね。

 

① ちらし寿司

 

流し雛の文化が日本に伝わった頃に、「なれ寿司」という現在の寿司の原型の料理がありました。当時の京都などでは、生の魚がなかなか口に入らなかったこともあり、なれ寿司をお祝いの膳に用いていましたが、その後「ばら寿司」でお祝いをするようになっていきます。ばら寿司の具の中には海老(腰のまがった海老は長生きを願う象徴)や、春らしく華やかな女の子のお祭りにふさわしい菜の花を用います。

 

しかし、時代の流れと共に、見た目がきれいで具沢山な「ちらし寿司」も雛祭りに使われるようになり、こちらが定着したようです。ちらし寿司そのものというより、海老(長生き)、蓮根(見通しがきく)など縁起のいい具が祝いの席にふさわしく、三つ葉、卵、人参などの華やかな彩りが食卓に春を呼んでくれるため、雛祭りの定番となったようです。

 

また、ちらし寿司の歴史は浅いのですが、その発祥・発達については、『一汁一菜令』の説が有名です。

 

江戸時代、備前岡山で大洪水があり、当時の藩主である池田光政公はいち早く災害から復旧する為に、『一汁一菜令』という、汁物一品と副食一品以外を禁止する倹約令を出しました。この倹約令により庶民の食生活は質素なものになりますが、そんな中なんとか美味しいものを食べたいと、たくさんの魚や野菜を混ぜ込んだ寿司飯を「一菜」とし、それに汁物を添えて、体裁を「一汁一菜」としたのが発祥と言われています。

 

② 蛤(はまぐり)の吸い物

 

蛤の貝は一つ一つ貝の形は違い、対になっている貝殻でなければぴったりと合わないことから、ぴったり合う結婚する相手に出会えることを祈って蛤を食べる習慣があります。そして、一人の人と生涯連れ添うようにという願いがこめられています。

 

③白酒

 

雛祭の童謡にも登場する白酒、そのルーツは、神様にお神酒を供える風習からきたという説があります。お神酒に用いられる白酒は『しろき』と読み、神田(じんでん)でとれた米で醸造した酒を濾したものとされており、子供向きの飲み物ではありません。

 

雛祭の酒には、もともとは桃花酒が用いられていましたが、江戸後期から白酒が用いられるようになりました。白酒そのものは江戸の初期からあり、山川酒、山川白酒などと呼ばれ、明治になってからも、三月の節供前になると、酒屋には『山川白酒』と書いた大きな看板が立ったといいます。

 

そして、江戸の白酒の草分けは、神田美土代町の豊島屋です。江戸名所図会にもその繁盛ぶりが描かれているほどです。それから、江戸助六(すけろく)をはじめ、歌舞伎の演目に度々登場する『白酒売り』は「江戸の春の風物詩」ともいえ、雛祭りが近づくと、町中では白酒入りの桶を天秤棒でかつぎ売る姿が見られたようです。

 

なお、白酒の一般的な製法は、みりん、または焼酎に、蒸した餅米と米麹を仕込み、一か月くらい熟成させたのち、臼などでひいてすりつぶしたもので、とろりとした甘みの強いお酒です。

 

その白酒の原料にもなっているみりんは、当時手に入りにくかった砂糖に代わる甘味料として用いられたり、甘い酒として飲用されていました。その後、江戸時代に入り醤油と出会い、みりんのもたらず艶、香り、旨みなどが重宝されるようになり、現在は主に調味料として使用されています。

 

 

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